音源定位実験
−君の耳と脳は1万分の1秒の違いを聞き分けられるか−
−平成9年度内田洋行教職員発明考案コンテスト入選作品−

H10.10.9

札幌旭丘高等学校 杉山剛英

1.はじめに

物理TAには「音」の章が、生物TA,TBには「耳の構造」項目がある。物理では音の周波数に関する事,生物では耳の構造と音をコルティ器で神経パルスに変えるしくみを学習する様になっているが、今回自分の耳を使って、普段当たり前に思っている音源の定位能力のしくみを考察できる実験を開発実践したので報告する。

2.音源定位のしくみ

立体視のしくみはある程度周知されている。左右の目で見た映像はそれぞれ視差のある信号となって大脳の後頭葉にあるスクリーン状に分布する細胞群に送られ、注視している画像が立体映像に再計算されて意識の中に入り認知されている。さて、我々は目をつぶっていてもある程度音源の位置を知ることが出来る。では耳での立体聴?{音源定位}のしくみはどうなっているのだろうか。2つの目が別の場所にあって立体視ができるのであるから、2つの耳も別の場所にあって立体聴ができる様だが、その原理は以下の通りである。
下図の様に音源が正面にある場合は、左右の耳に同時に音がとどく。しかし、図3の様に音源が右にあると右耳が近く、左耳が遠いわけであるから、左耳に遅れて音が届く。つまり、視差ならぬ時差が発生する。図4の様に右真横にあるときは時差は最大となり、顔の幅の分だけ遅れてくる。生物はこの時差の大きさにより音源の方向を特定できるのである{音源定位}。無論、音量・音質も影響はする。この事は音源が左にあっても左右逆で同様に起こる。そして音の信号は、延髄に入り中脳,間脳を経て、言語的内容は左脳の側頭葉へ、イメージ音楽的内容は右脳側頭葉へ送られて認識される。この送られる前に間脳で左右の時差の測定が行われている様である。

視差を認識して立体感を得る能力は生後数年の間に日常の生活訓練によって得られる。不幸にして生まれながらに失明していて、後に医学の進歩により視力を回復した人の場合、見えてはいるが立体像として認識できない。色が判別できないといったことが起こり、訓練をしてもほとんど改善しないとの報告がなされている。時差を認識して立体感を得る能力も同様に生後の訓練{ガラガラであやす等}が重要ではないかと思う。

3.音源定位実験器の製作

ゴムホースとY字型チューブコネクター,ロート(ポリエチレン),可変長柄の虫取り網で作製する。音の遅れは、左右の耳に通じるホースの長さを変える事で調節する。ホースの長さは平均的顔の幅を15cmと考えてつくる。

@音源が真正面の時は左右同時につくので同じ長さのホース。(図2)
A音源が正面より約40度の方向にある時はホースを9.5cm長くすると良い。この時、音の遅れは 0.096÷340=0.00029秒
B音源が真横にある場合は、片方のホースを15cm長くすればよい。この時、音の遅れは

0.15÷340=0.00044秒
C音源が真横から後ろへいっても音の遅れは0.00044秒以上にはならない。これ以上長いホースを使 っても、その遅れに対応する経験をしていないので音源の位置は真横から移動しない。
Dこの実験器は片方のホースの長さを+−20cm調整できる様に作られている。連続的に伸縮する 事で、音源が右←→左に動いていくのがわかる。

4.バイノーラル録音されたテープをヘッドホンで聞かせる

2本のマイクを15cm離してスタンドに立てて録音し、ヘッドホン再生するとまるでその場にいるかの様に音が聞こえてくる。しかし、そのままスピーカーで流すと、左右のスピーカーの音が両方の耳に聞こえてしまうため、時差を測定できなくなり音場を感じなくなる。しかし、位相を反転した音を混ぜることにより邪魔な音を空中で消すことができる。これがビクターが23年前に開発したバイホニック技術である。現在は、これを発展させた形でワイドやサラウンド技術がある。

5.補足

音源定位には視覚による補正が強く働く。前からの音も後ろからの音も、また上下からの音も時差は変わらないため、人間にはよく区別できない。耳の穴の前にある突起や耳殻による反射・回折の音質の変化である程度認識しているだけである。ふくろうは上下の方向も探れるように耳の穴が上下にずれてついている。

6.生徒の感想

自分の耳が1万分の3秒を聞き分けているなんてすごいと思った,こんな簡単な器具ですごい実験だと思った,自分の脳がえらいと思った,右からしか聞こえてないと思ったのに左のホースからも聞こえててちょっとびっくり,こんな実験したことない

7.まとめ

生徒はこんな簡単な器具で音の遅れを作り出せ、それを脳が判定できる事に驚き、感心していた。この授業は生物TAで行ったが、教科の枠にとらわれずに効果的な教材を選ぶことによってよりわかる実際的な授業になると感じた。
現在、「物理」での新採用教員は年に3,4名だそうである。広い北海道にこの程度の数の物理教員しか補充されないということは、理科教育そのものの存続が危ぶまれる。難しいと思われがちな物理も、教材さえ良く吟味すれば学力の低い生徒でも十分に自然法則のしくみをつかみながら、よくわかる楽しい授業を展開できる事は今までにも数多くの実践で証明されている。しかし、近年若手の教師の研究会離れが見られている。進学校においても底辺校においても実験を行う教師は実験を行い、わかる授業を展開する教師はわかる授業を展開する。理科教育は教師個人の資質に頼っているのが現状である。今後は個人の力量だけでなく、システムとして理科教育が行われる様にならなければならない。多くの図書,実践例を研究し、効率良くやる気のある理科教師を育てる手だてを考えなければならない時代に入ってきたと思う。

参考文献 バイフォニックプロセッサーBN−5取り扱い説明書{日本ビクター}

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